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インタビュー

永野拓也さん×藤倉 梓さん

ミュージカル俳優になるには、具体的にどうすればいいか分からない」「ミュージカル・アカデミーに興味はあるけれど、どんなメリットがあるのかもっと知りたい」という方は恐らく多いのではないでしょうか。ミュージカル・アカデミーはそんな皆さんにとって、あらゆる意味での<出会い>でありたいと考えています。ミュージカル・アカデミーの前身、東宝ミュージカル・アカデミーを経て、プロとして羽ばたいた永野拓也さん(写真:左)と藤倉梓さん(写真:右)にお話を伺いました。
(2016年8月取材)

“本物”に触れることの大切さ

現在、俳優としてのみならず企画・演出を手掛けたオリジナル・ミュージカル『H12』(15年初演)で話題を集めている永野さん。
脚本に作詞作曲、訳詞、演出家としてミュージカル座などさまざまな舞台を手掛けている藤倉さん。
そもそもお二人がこのアカデミーを選んだきっかけは何だったのでしょうか。

永野:僕は10代後半のころに、これから何をして生きていくか悩んだ時期がありました。
そこで自分の興味があることを片っ端からやろうと決めて。ヒッチハイクで屋久島に行ったり、ブラジリアン柔術を習ったりしたんですね(笑)。
ミュージカルを初めて観たのもその時期ですが、もう断トツに面白かった! 同時に、中学時代にクラスで舞台をやった時のことを思い出して。
当時、演劇になんてまるで興味がなかった僕は照明係だったのですが、袖で舞台を見ている間に感動して泣いていたんですよ。
思春期の男子だからそんな姿を人に見られたら格好悪いと思って、焦ったのを覚えています。
その記憶と、ミュージカルを観た時の感動が重なって“こんなふうに感動を生み出せる世界に入りたい!”と。
そこからプロになる方法をいろいろ調べるうちにアカデミーに行き着きました

藤倉:私は大学のサークルでミュージカルを始めて、女優になる夢を抱きつつも、卒業後はフリーターをしていました。
でも20代半ばになり、これ以上親に迷惑はかけられないし、真剣に進むべき道を見つけなければ、と。
いわば背水の陣のような気持ちで入ったのがアカデミーでした。



「それまでダンスも歌もやったことがなかった」という永野さん。
入学試験を受けるにあたり、受験資格として経験は問われていないものの、個人的にレッスンを受け始めたといいます。

永野:それからアミューズメントパークのダンサーをしながら学費を貯めました。ただ、それは仕事の場なので誰も鍛えてはくれません。
正直言って、アカデミーのほうがいい意味で厳しい世界でした。

その言葉に頷く藤倉さん。入学直後のエピソードで、今でも鮮烈に覚えていることがあるそうです。

藤倉:歌唱指導の山口琇也先生の最初の歌のレッスンが、入学試験の時のダメ出しから始まったんです。自分の弱点をズバリ指摘されました(苦笑)。

永野:すごいですよね(笑)。
でもそれは、ミュージカルの現場で活躍している講師の先生方が技術だけでなく、プロとして通用する心構えまでを教えようとしてくださっているからで。
アカデミー時代、僕は演技指導の山田和也さんから“これができないと現場に残れない”と何度も言われたんですね。
卒業後、初めてプロとして山田さん演出の『ミー&マイガール』(09年)に出演した時にその言葉の意味がよく分かりました。
本当に必要なことを教えていただいたと思っています。

藤倉:私はダンス指導の前田清実先生から、
“努力するのは歯を磨くぐらいに当たり前のことよ”と言われたことをいつも思い出すんです。
舞台に立つ上で基本的なことを叩き込んでくださる先生方をはじめ、
“本物”に触れるチャンスが多いのがアカデミーの魅力だと思います。
試演会で『レ・ミゼラブル』を上演した時には、衣裳に実際の舞台で本役をされていた俳優の方の名前が記されていて。
感激するとともに、これに恥じない舞台にしなければ!と身が引き締まりました。

仲間がいるから頑張れる

演技に歌、ダンスを学ぶことはもちろん、試演会など一緒に舞台をつくっていく同期、
仲間との<出会い>もまた、“かけがえのないもの”だと二人は語ります。

永野:それぞれにスキルがあり、同じ志を持って頑張っているみんなに刺激を受けて、自分も頑張れる。
オーディションなどで顔を合わせるライバルではありますが、生涯の友でもあると思っています。

藤倉:だから誰かが舞台に立っているのを観ると、親心みたいに胸が熱くなります。
そういえば試演会の前には朝練に、授業の後にもみんなで集まって練習して。

永野:懐かしいですし、楽しかったなあと。通学途中は曲を聴きながら、バカみたいに歌っていたことをよく思い出したりしますね。
僕の場合、ミュージカルに出会ったのもダンスや歌を始めたのも遅いですが、気づいたらそれが生活、いや人生の中心になっていました。

あらためてアカデミーで得たものとは?

藤倉:卒業間近にジョン・ケアード氏のワークショップを受けた時、
“小さなバーの1台のピアノでもいいから自己表現する場をつくりなさい”と言われて、早速、ネタ帳をつけることから始めました。
それをもとに卒業後に脚本を1本書き上げたことで、演じる以外の道が広がって、今にいたります。
それだけでなく、得たものは本当にたくさんあります。

永野:最初、僕は“ミュージカルに関わることをしたい!”という強い思いだけがあっただけだったんですよ。
でもアカデミーで学ぶ中で、自分が妥協せずに本気で取り組めば、その夢を実現できるかもしれないと思えるようになった。
この仲間と作品がつくれたら……という気持ちが、沖縄と東京の若者の共同制作による
オリジナル・ミュージカル『H12』を企画・演出することにもつながりました。

最後にこれからの夢、そしてミュージカル・アカデミーを目指す方へのメッセージを伺いました。

藤倉:これは前から思っていることですが、日本人の日本人による日本人のためのオリジナル・ミュージカルをつくっていきたいです。
ミュージカル・アカデミーに興味を持っている皆さんには、人生は一度きりですし短いですから、
少しでも迷うのだったら、絶対に進むべきだと思います、とお伝えしたいです。

永野:日本では2.5次元の作品が盛んだったり、今、ミュージカルが面白い状況にあるなと感じています。
アドバイスなんておこがましいですが、今の僕に言えることがあるとすれば、歌とダンスと芝居があれば、題材も含めて何でもできるんじゃないかと。
だから“ミュージカルはこれからもっと面白くなりますよ!”ということですね。そこに自分も加わっていけたらと思います。

(取材・文=宇田夏苗 撮影=池田真理)



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